瓦曽根一丁目(かわらぞねいちちょうめ)

越谷市の中央部、越谷駅と新越谷駅のちょうど中間にある瓦曽根一丁目は、旧日光街道に沿って広がる静かな住宅街だ。歴史の面影が残る寺社や水辺の緑道が点在し、日常の中にゆっくり立ち止まれる場所がある。

瓦曽根一丁目とは

越谷市中央部に位置し、蒲生地区に属するエリア。全域が宅地化されており、東武スカイツリーライン越谷駅と新越谷駅の中間地点にある。
北部の境には逆川が流れ、葛西用水沿いには水辺の緑道が整備されている。
1966年(昭和41年)9月1日、大字瓦曽根の一部から瓦曽根一〜三丁目が成立。一・二丁目は蒲生地区、三丁目は南越谷地区と、同じ「瓦曽根」でもエリア区分が異なる。
| 項目 | 内容 |
| 住所 | 〒343-0821 埼玉県越谷市瓦曽根一丁目 |
| 読み | かわらぞねいちちょうめ |
| エリア区分 | 蒲生地区(一・二丁目) |
| 成立 | 1966年(昭和41年)9月1日 |
| 学区(小学校) | 越谷市立蒲生小学校(番地により確認推奨) |
| 学区(中学校) | 越谷市立武蔵野中学校(番地により確認推奨) |
| 最寄り駅 | 東武スカイツリーライン 越谷駅・蒲生駅 |
地名の由来と歴史
「瓦曽根」という地名
「かわらぞね」という読みで、旧瓦曽根村に由来する。「そね」は低湿地を意味し、かつて葦が茂る水辺が広がっていたとされる地形の名残が地名に刻まれている。
1889年(明治22年)に周辺の村々と合併して南埼玉郡蒲生村の大字となり、1958年(昭和33年)の市制施行で越谷市の大字へ。1966年に現在の丁目制が敷かれた。
千徳丸伝説と照蓮院
エリア内に残る照蓮院は、旧日光街道の越谷宿手前に位置する真言宗智山派の寺院。境内には越谷市指定史跡「千徳丸供養塔」が立つ。武田勝頼の遺児・千徳丸にまつわる伝説が伝わる。
武田家滅亡の際、家臣・秋山長義が千徳丸を連れて瓦曽根村に逃れてきたが、千徳丸は若くして世を去った。深く嘆いた長義は出家し、照蓮院の初代住職となったと伝えられている。
戦国の悲劇をひっそりと伝える石塔が、今も静かに境内に立っている。
公園・緑地
葛西親水緑道
住所:越谷市瓦曽根一丁目5-6
葛西用水沿いに整備された水辺の緑道。5月末から6月初旬には花菖蒲が見頃を迎え、しらこばと橋付近ではアジサイも楽しめる。
サギをはじめ野鳥が集まる場所としても知られており、早朝に訪れると静かな水辺で鳥の声が耳に入ってくる。
「葛西」という名称は旧下総国葛飾郡の西部を指す歴史的な呼称に由来する。かつて農業用水として機能していた水路の面影が、緑道の形で現在に受け継がれている。
鹿村スポット公園
住所:越谷市瓦曽根一丁目5番地付近
もとは「鹿村用水」と呼ばれた灌漑水路の跡地。周辺の宅地化が進む中、暗渠化・緑道化され、現在は鹿村緑道として整備されている。秋には紅葉が楽しめると地元でも評判のスポットで、
色づいた葉が路面を染める風景はSAITAMAZINEのカメラにも収めたい場所のひとつだ。
施設・スポット
照蓮院

住所:越谷市瓦曽根一丁目5-43 TEL:048-962-4961
旧日光街道沿いにある真言宗智山派の寺院。境内は四季の草花が丁寧に手入れされており、春のツツジが特に美しい。
奥書院では御朱印の授与も行っている。千徳丸供養塔(越谷市指定史跡)は本堂右奥に所在する。
瓦曽根稲荷神社

住所:越谷市瓦曽根一丁目5-6 TEL:048-962-7136
元荒川右岸に位置する水辺の神社。豊受姫命を祀り、旧瓦曽根村の産土神として地域に親しまれてきた。
境内には珍しい配置の狐の石像があり、参拝した際はぜひ探してみてほしい。春の桜の頃、境内は花びらに包まれる。照蓮院とはほぼ隣接しており、まとめて参拝できる。
瓦曽根公会堂

住所:越谷市瓦曽根一丁目5-26
地域住民の集会スペースとして機能するコミュニティホール。自治会活動や地区の行事で利用されている。
越谷瓦曽根郵便局
瓦曽根一丁目地内に所在する郵便局。
地域の日常を支える生活インフラとして機能している。
基本情報・学区
| 項目 | 内容 |
| 小学校 | 越谷市立蒲生小学校 |
| 中学校 | 越谷市立武蔵野中学校 |
| 最寄り駅① | 東武スカイツリーライン 越谷駅(徒歩約15分) |
| 最寄り駅② | 東武スカイツリーライン 蒲生駅(徒歩約15分) |
| 郵便番号 | 343-0821 |
兵庫県神戸市出身。都会の喧騒を離れ、たどり着いた新天地・蒲生(越谷市)で第二の人生を謳歌する元商社マン。 長野出身の妻、そして年子(0歳・1歳)の育児に奮闘しながら、越谷の心地よさを日々実感しています。満洲の餃子をこよなく愛する、自称・越谷の関西代表。