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    ビール工場があった街から、誇れるビールがある街へ。川口BEER!BEER!BEER! 実行委員長・南原卓也インタビュー

    川口市内には、クラフトビールを醸造するブルワリーが4社ある。以前は埼玉県内で最多だった。なのに、地元に住む人の多くがそのことを知らない。街づくりに関わる人でさえ、「4社もあるの?」と驚く。

    そのことに、ずっとモヤモヤしていた人がいた。

    蕨生まれ、生活圏は戸田・川口・蕨。元酒屋の営業マンで、いまはフリーランスのビアジャーナリスト兼ライター。フリーペーパー「KANPAI戸田Magazine」を創刊し、2026年10月には川口駅前でクラフトビールイベント「川口BEER!BEER!BEER!」を開催しようとしている。

    南原卓也さんに、THE MALT SHOVELでビールを飲みながら話を聞いた。


    南原卓也(みなみはら たくや) 蕨市生まれ。元業務用酒販店の営業マン。2022年フリーランスに転身。日本ビアジャーナリスト協会所属。埼玉県内のクラフトビールを中心に取材・執筆するライターとして活動しながら、フリーペーパー「KANPAI戸田Magazine」を発行。2026年10月に川口BEER!BEER!BEER!を初開催予定。

    聞き手:COUNTER株式会社 佐々木 健登

    兵庫県神戸市出身。都会の喧騒を離れ、たどり着いた新天地・蒲生(越谷市)で第二の人生を謳歌する元商社マン。 長野出身の妻、そして年子(0歳・1歳)の育児に奮闘しながら、越谷の心地よさを日々実感しています。満洲の餃子をこよなく愛する、自称・越谷の関西代表。


    通勤の電車で始めた副業が、人生を変えた

    ――もともとはライターではなく、営業マンをされていたと聞きました。

    以前は都内の業務用酒販店で、飲食店に酒を卸す営業マンをやっていました。副業としてライターを始めたのも、その頃です。

    ――なぜライターを選んだんですか?

    通勤が行き帰りで2時間あって、電車の中でスマホでできる仕事をやりたかったんです。文章を書くのが苦でもなかったし、いろいろやってみた中でライターが一番しっくりきた、という感じですね。

    ――コロナ禍を機に独立されたと。

    コロナで副業がいつまでも解禁されなくて、その理由を聞いたら「前例がないから」って言われたんです。この時代に、「前例がない」という理由を即答するというのはちょっとどうかなと思って。それで辞めました。

    転職するか、フリーランスでやっていくかの二択で、あんまり自分がフリーランスになるイメージもなかったんですけど、結果的にライターの方が楽しかったし、そのまま今に至っているという感じです。2022年からなので、5年目になります。

    ――フリーランスになって、生活はどう変わりましたか?

    今は子どもが2人とも小学生なんですが、当時はまだ保育園だったんです。フリーランスになって、圧倒的に子どもと関わる時間が増えました。子どもに仕事を見せられるというのも良かったですね。上の子は「ライターでしょ」って分かってるんですけど、下の子は「ビール屋さん」って思ってる。地域のイベントでは、私がビールを売ってたりするので(笑)

    ――それは楽しそうですね(笑)


    「勝てない場所では戦わない」——埼玉のクラフトビールに絞った理由

    ――ビールとの関わりはいつごろから?

    酒屋の営業マンをやる前には、飲食店の樽生ビールの品質管理など、ビール関係の仕事を20代半ばからずっとやっていました。もともとビールは大好きです。

    ライターとして専門性を出したいと思った時に、ビールを選びました。初めて出会った瞬間から、一瞬も嫌いになったことがないのが、ビールと格闘技だったんです。タイミングよく日本ビアジャーナリスト協会というのがあると知って、「これだ」と思って入りました。

    ――ビアジャーナリストとして、どう差別化を考えましたか?

    ビアジャーナリストって先輩が多いんです。海外のビールを追いかけている人には現地に行ったことがないと勝てないし、フードペアリングは料理の専門家に勝てない。新しいブルワリーも全国で追いかけている先輩たちに追いつけない。じゃあ何があるかなと考えた時に、「埼玉のクラフトビール」だったんです。

    ――フリーランスになってから、エリアも絞っていったんですよね。

    そうです。フリーランスになると手広くやりたくなるんですが、私は逆に「やらないことを決める」方向にしました。大宮から戸田・川口あたりまでの地域に絞って、それ以外のエリアではビールのこと以外は基本やらない。狭く、深くしていった結果、いろんなことができるようになってきた感じです。

    西川口にあるGROW BREW HOUSEというブルワリーに飲みに行くようになって、フリーランスになって夜の時間ができたこともあり、週1〜2日スタッフとして手伝うようになりました。そこから地元のクラフトビールの世界に深く入っていった感じです。


    2年間、言い続けた。フリーペーパー「KANPAI戸田Magazine」

    ――フリーペーパーを始めたきっかけは?

    地域メディアって、どの街にも一つくらいはあるじゃないですか。その中で後発でウェブをやるよりも、地域イベントを主催して一番手応えを感じた紙媒体がやりたいと思いました。

    地元の飲食店って、半径何百メートルの人が来てくれるかが大事ですよね。フリーペーパーなら街中に置いてあって、なんだこれって手に取った人が記憶に残してくれる。そこからネットで調べる、行くっていう流れを作りたかったんです。

    ――でも、創刊までかなり時間がかかったと聞きました。

    最初にやろうと思ってから2年かかってるんです。本当に恥ずかしい(笑)でもその2年間、ずっと言い続けてたんです。「これを出すんです」って。取材で知り合った人にも、名刺を渡した人にも必ず話して。

    名刺にも早い段階から「KANPAI戸田Magazine編集長」って肩書きを入れてたので、「何ですかそれ」って聞かれるたびにコンセプトを話す。そうすると興味を持ってくれる人が多くて、「形になったら協力するよ」って言ってくれる人が2年間でどんどん増えていったんです。

    ――それが、資金面の目処にもつながった。

    フリーペーパーって数冊で消えるものが多いんですよぬ。なぜかというと持ち出しでやっているから続かないんだと思っていた。だから最初から広告をちゃんとつけて、仕事として成り立たせる形にしました。2年間で広告に興味を持ってくれた方々に春に連絡したら、「いよいよだね」ってすぐに協力してくれました。

    今年の1月に「上半期にフリーペーパーを出す、下半期にビールのイベントをやる。必ず実現させます」と宣言して、周りに言い始めて、それで動かした感じです。やべえ、6月までにやるって言っちゃったなって(笑)

    ――実際に出してみて、反響はいかがでしたか?

    SNSで拡散が起きたんです。手に取った人がストーリーにあげてくれて。これは本当に予想外でした。問い合わせも来て、「どこで手に入りますか?」とか、「うちにも置きたいです」とか。創刊してすぐに戸田市内で約80カ所の常設店ができました。

    この前、置いてある店で飲んでいたら、フリーペーパーを持って来たお客さんがいて。「これを見て来たんですけど」って。それはめちゃくちゃ嬉しかったですね。


    「地元のビールを、地元の人と、地元で乾杯」

    ――イベントを企画しようと思ったきっかけは?

    川口でビールの仕事をしていて、とある時に地元の人と名刺交換した。ビール好きのライターですって伝えたら、「この辺でおすすめのビール屋さんありますか?」って聞いてきたんです。川口のビールが好きな人が、川口にブルワリーが4社あることを知らなかった。

    街づくりをやっている人でも「4社もあるの?」って言う人がいる。それがすごくもったいないと思っていて。

    ――クラフトビールって、もっと認知されてもいい気がしますね。

    クラフトビールって街の顔になり得ると思っているんです。「俺の街のビールうまくない?」って人に教えたくなるような。でも届いていないという違和感がずっとあって。

    川口はもともとサッポロビールの工場があったんです。子どもの頃に父に連れて行ってもらって、大人はビールを飲んで、子どもはサッポロのジュースを飲んで、みんなでジンギスカンを食べる。ビール工場って飲めなくてもワクワクしたし、地元の人が誇りにしていたんですよ。それが、規模が小さくなってクラフトビールになった途端に届かなくなってしまった。

    「ビール工場があった街から、誇れるビールがある街へ」。そんな風になるといいなって思っています。

    ――会場もストーリーと関係していますか?

    最初はサッポロビール工場の跡地の前にある広場を使いたかったんですが、スペースが狭くてやりたいことができなかった。なので、川口駅東口を出て30秒のキュポ・ラ広場ところにしました。


    「クローズ」から着想した、VS構造

    ――川口のブルワリーだけでなく、さいたま市のブルワリーも巻き込んだのはなぜですか?

    クラフトビールのイベントって、飲んで「おいしかったね」で終わりがちなんですよね。酔ってきたらどれを飲んだかわからなくなる(笑)。それはそれでいいんですけど、もっと記憶に残るものにしたかった。

    川口のビールをいくら盛り上げましょうと言っても、なかなか自分ごとにならないじゃないですか。漫画の「クローズ」ってご存知ですか。鈴蘭って学校はバラバラなんですけど、「鈴蘭がなめられてる」ってなったら全員が自分ごとになる。それと同じで、VS構造にして「川口が負けちゃうかもしれない」という状況にしたら、興味を持つんじゃないかと思って。

    ――対戦相手がさいたま市なのは?

    さいたま市は現在5社のブルワリーがあって、川口より自治体としても大きい。普通だったら地の利で川口が勝ちそうだけど、圧倒的に大きい街に挑む形式の方が面白いかなと。川口と埼玉、みんな沿線でつながってるし、敵対したいわけじゃなくて、自分ごとにするための手段として対決という形にしました。

    出店するブルワリーに話した時も、対決に難色を示す人がいるかなと思ったんですが、みんな面白がってくれて。「いいね、じゃあ応援団引き連れていく」みたいに言ってくれる方もいて、スムーズでした。

    ――イベントで「一斉乾杯」をやるんですよね?

    90分に1回、会場全体で一斉に乾杯をします。私の活動のテーマが「地元で乾杯」なんですが、ビアフェスって知り合いがいればそれぞれ乾杯するわけですよ。それを全員でやったら面白いかなと。しかも大人数の前で乾杯するって、普通はなかなかない経験じゃないですか。それが誰でも体験できる。SNSで広がったりもするかなと思って。

    川口とさいたまって分けがちですけど、埼玉県が地元だと思えばどっちも地元のビールなんですよね。私、高校はさいたまの高校に通っていて、最初の就職先は川口の会社でした。生まれは日本一小さい市・蕨です。川口とさいたまに挟まれた土地で育ったんで、全部地元って感じなんです。だから地元のビールで地元の人と乾杯する、それを川口でやりたい。


    ――最後に、今後やっていきたいことを聞かせてください。

    今回のこのイベントを皮切りに、第2弾、第3弾とイベントを続けて地域でもっと盛り上がりたいと思っています。

    「誇れるビールがある街」と住んでいるみんなが思えるようにもっと発信を続けていきたいですね。

    口に出すことは大事だなってあらためて思っています。2年間言い続けたフリーペーパーも実現できたし、宣言してからイベントも動き始めた。言い続けることで、一緒に楽しみにしてくれる人が増えていく。それが一番の動かし方だと思っているので、これからも言い続けます。

    地元のビールで乾杯する文化を、川口やさいたまで根付かせたい。

    ――クラウドファンディングもやられてるんですよね?

    はい!今回の川口BEER!BEER!BEER!イベントをCAMPFIRE (キャンプファイヤー)でプロジェクトとして動いています。

    リターンには、「この盛大な乾杯をより楽しめるリターン」や「このコンセプトを面白がってくれる企業・団体様向けのリターン」もあります。

    「地元のビールで乾杯すると、ビールは少しだけ美味しくなる。」

    「そして、そのビールが生まれたまちを、ちょっと誇らしく思える。」

    私たちは、本気でそう思っています。2026年10月31日(土))と11月1日(日)は、私たちと一緒に川口で最高の乾杯をしませんか?

    「クラフトビールは、まちの誇りだ。」地元で乾杯する楽しさを、川口から届けたい


    川口BEER!BEER!BEER!

    • 日時:2026年10月31日(土)15時~20時・11月1日(日)11時~17時
    • 場所:キュポ・ラ広場(JR川口駅東口 徒歩約30秒)
    • 出店:川口市内4社 × さいたま市内5社、計9ブルワリー
    • クラウドファンディング実施中(2026年9月末まで)

    インタビュー・文:COUNTER株式会社 佐々木 健登 / 写真:SAITAMAZINE

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