大字蒲生(おおあざがもう)

基本情報
大字蒲生は、越谷市内に住居表示が実施されずに残った旧来の地番地区。現在は蒲生西町の南部の一部に残っており、宅地化が進んだ周囲とは異なる雰囲気が漂う。越谷市内では数少ない、旧村の地番体系がそのまま生きているエリアのひとつだ。
綾瀬川にすぐ面しているため、雨が降った際は氾濫等要注意だ。
歴史・ゆかり
明治22年(1889年)に蒲生村・登戸村・瓦曽根村が合併した際の「大字蒲生」として成立した地番がそのまま残ったもの。昭和42年(1967年)以降の住居表示実施によって大字蒲生の大部分は新町名(蒲生本町・蒲生東町・蒲生南町・蒲生愛宕町・蒲生西町・蒲生寿町・蒲生旭町・蒲生一~四丁目など)に置き換わったが、一部の区域は住居表示が未実施のまま今日に至る。
昭和55年(1980年)に大字蒲生の一部から蒲生茸町が成立し、同時に南越谷四丁目・五丁目へも分離している。現在残る大字蒲生は、山区れによる客点突嵎と行次廃止・山割りを繰り返した末に、扁ったながら歴史的地割りが残ったエリアである。
住所
〒343-0838 越谷市大字蒲生(番地は独自の地番体系)
公園・施設
地内に現存する公園の確認情報無。
学区
大字蒲生は住居表示未実施のため、小中学校区の境界も地番依存となる。周辺の地区に準じて、越谷市立蒲生小学校または越谷市立蒲生第二小学校・越谷市立武蔵野中学校の学区となる可能性が高いが、越谷市公式サイトで要確認。
兵庫県神戸市出身。都会の喧騒を離れ、たどり着いた新天地・蒲生(越谷市)で第二の人生を謳歌する元商社マン。 長野出身の妻、そして年子(0歳・1歳)の育児に奮闘しながら、越谷の心地よさを日々実感しています。満洲の餃子をこよなく愛する、自称・越谷の関西代表。