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    渋沢栄一がお札(1万円札)の顔に選ばれた理由|デザインの意味・埼玉との関係まで解説

    2024年7月3日、40年ぶりに1万円札の顔が変わった。福沢諭吉の肖像が引退し、新たに登場したのは埼玉県深谷市出身の渋沢栄一だ。

    「なぜ渋沢栄一なのか」「どんな意味があるのか」「デザインに込められた秘密は何か」——この3つの問いを軸に、埼玉メディアならではの視点で解説する。

    本記事は「新1万円札」という切り口に特化した。

    人物の詳細が気になった方はあわせて別記事を読んでほしい。

    渋沢栄一とは何をした人か?生涯・功績・埼玉ゆかりの地を解説

    手元に新1万円札があれば、取り出しながら読むとより楽しめる。「渋沢栄一は知っている、でもお札との関係はあまり知らない」という方にこそ届けたい記事だ。埼玉出身者として、あるいは埼玉に縁のある人として、1万円を見る視点がきっと変わるはずだ。

    新1万円札の基本情報

    新1万円札は2024年7月3日に発行が始まった。旧紙幣(福沢諭吉版)は引き続き使用可能で、急いで銀行に持っていく必要はない。

    「旧紙幣が近々使えなくなる」という偽情報を口実にした詐欺が報告されているため、見知らぬ相手からの案内には注意が必要だ。新紙幣の発行は財務省・日本銀行が主導しており、公式の告知は政府・日銀の公式サイト上で確認できる。

    日常生活において、新旧どちらのお札も同じように使えることをまず押さえておきたい。

    2024年7月3日発行——40年ぶりの交代

    今回の改刷は2004年以来20年ぶり。1万円の肖像変更に限れば、1984年(聖徳太子→福沢諭吉)以来40年ぶりとなる。

    今回は1万円だけでなく、5千円・千円も含む3券種すべての肖像が一斉に刷新された。前回2004年が1万円のみの変更だったのに対し、今回は全面改訂だ。

    新1万円札の印刷・準備には数年の歳月が費やされており、2019年に財務大臣が改刷を発表してから実際に流通するまで5年がかかっている。実際に手元に届くまでの長い準備期間も、新紙幣の価値を物語っている。

    券種旧肖像新肖像
    1万円福沢諭吉渋沢栄一
    5千円樋口一葉津田梅子
    千円野口英世北里柴三郎

    旧紙幣は今後も使える

    日本銀行券は法律上、無期限で有効とされている。「旧紙幣が○月から使えなくなる」という情報はすべて誤りだ。

    自宅にある旧紙幣はそのまま使い続けられる。「回収する」「交換が必要」という話を持ちかけてきた相手には応じないよう注意してほしい。ATMや自動販売機でも旧紙幣は引き続き使用できる。

    金融機関の窓口で新旧交換を求めることも基本的に必要ない。新紙幣に関する詐欺被害が各地で報告されているため、少しでも不審に感じた場合はすぐに警察や消費者ホットラインに相談することをおすすめする

    なぜ20年ごとに紙幣を変えるのか

    紙幣のデザイン変更(改刷)は約20年サイクルで実施されている。

    偽造防止技術の更新という実務的な目的と、「誰を選ぶか」に込めた時代のメッセージという2つの側面がある。競合メディアが必ず触れるこのテーマを、簡潔に整理する。

    最大の理由は偽造防止

    国立印刷局によると「仮に偽造券が出回った場合は緊急改刷もあり得る」とされている。日本の偽造防止技術は世界最高水準にあり、これまで大規模な偽造被害はほぼ発生していない。

    新技術の有効期限と導入可能なタイミングが重なった結果、自然と約20年サイクルに落ち着く。

    今回の新紙幣には紙幣として世界初となる3Dホログラムが採用された。お札を傾けると肖像の向きや模様が立体的に変化するこの技術は、現時点で複製がほぼ不可能とされている。

    また、インクの組成・紙の素材・微細な印刷パターンも更新されており、複合的な偽造防止体制が組み上げられている。偽造防止という観点では、今回の改刷は過去最大級のアップデートだ。

    お札の顔には時代のメッセージが込められる

    誰が紙幣の顔になるかは、単なるデザイン変更ではない。

    東洋経済オンラインは「キャッシュレス時代に紙幣に経済人を選ぶ意味」を論じ、紙幣の肖像が「その時代に社会が何を大切にしているか」を映す鏡だと指摘している。

    「お金を稼ぐことと道徳的に正しく生きることは矛盾しない」という渋沢の思想を最高額紙幣に刻む選択は、デジタル経済が進む現代社会への静かな問いかけとも読める。

    現金の流通量が減り続ける時代に、紙幣の肖像へのこだわりは「お金に込める価値観」への宣言でもある。誰を刻むかによって、その国の優先順位が見えてくる。お札を「支払いの道具」としてしか見ていなかった人も、「誰がそこにいるか」に目を向けることで、違う景色が広がる。

    渋沢栄一が選ばれた3つの理由

    財務省が紙幣の肖像を選ぶ基準は3つある——

    ① 精密な写真が入手できる人物
    ② 品格があり紙幣にふさわしい肖像
    ③ 国民に広く知られ業績が認められている

    この3条件を高いレベルで満たした上で、渋沢栄一には他に代えがたい理由があった。以下、3つに分けて解説する。

    ①日本経済の礎を築いた「傑出した業績」

    財務省が選定理由として挙げた「傑出した業績・新たな産業の育成・日本の近代化への貢献」において、渋沢栄一の実績は突出している。

    生涯で設立・育成に関わった企業は約500社。社会事業への関与は600以上に及ぶ。

    具体的には、第一国立銀行(現・みずほ銀行)の設立、東京証券取引所の前身となる組織への関与、抄紙会社(現・王子製紙)の設立、東京ガス・帝国ホテル・日本郵船・東京海上保険など、現在も続く大企業の創設・支援が並ぶ。

    銀行・証券・保険・鉄道・製造業と、経済のあらゆる領域を横断して日本の産業基盤を整えた人物だ。さらに、渋沢が関与した企業の中には現在の東京電力の前身にあたる組織や、大阪紡績(現・東洋紡)も含まれており、文字通り現代日本経済の土台を作った。

    一人の人間が関わった企業数と社会事業の幅広さは、同時代の財界人と比べても突出しており「なぜこれほど多くの事業に携われたのか」と驚かされる規模感だ。

    単に企業を作り続けただけでなく、教育・福祉・外交にも力を注いだ。東京養育院(現・東京都健康長寿医療センター)の院長を長年務め、孤児や貧困層の支援にも私財を投じた。晩年にはノーベル平和賞の候補にも名前が挙がった。

    「日本資本主義の父」と呼ばれる所以がここにある。経済人でありながら社会全体への目線を持ち続けた点が、財務省の「業績と品格」という選定基準に最も合致した理由だろう。

    渋沢栄一の人物像と生涯の詳細は別記事でくわしく紹介しているため、本記事では「お札に選ばれた文脈」にしぼる。

    ②紙幣に経済人が選ばれたのは史上初

    過去の1万円札の肖像を振り返ると、聖徳太子(政治家・宗教家)と福沢諭吉(思想家・教育者)だった。どちらも経済活動を主業にした人物ではない。

    渋沢栄一は日本の紙幣史上、初めて選ばれた「経済人」だ。

    渋沢は晩年まで「道徳経済合一説」を唱え続けた。「経済活動と道徳的倫理は矛盾しない。むしろ両立してこそ、社会全体が豊かになる」という考え方で、論語(孔子の言葉)と算盤(経済活動)を同一視した思想だ。

    渋沢が著した『論語と算盤』はいまなお読まれ続け、ビジネスパーソンのバイブルとして愛されている。海外でも経営者や投資家の間で注目を集めており、英訳版が世界で読まれている事実は、渋沢の思想の普遍性を裏付けている。

    モノではなくデータやサービスが経済の中心となり、現金を持ち歩かない生活が当たり前になりつつある時代に、「お金と道徳の関係」を生涯かけて考え続けた人物を1万円札に選んだ。

    「紙のお金の意味を問い直す時代だからこそ、経済倫理を説いた人物を選んだ」——そんな解釈も成立する。経済人起用は史上初であり、それ自体がひとつの時代の宣言だ。

    ③実は1963年に千円札の最終候補だった

    あまり知られていない事実がある。渋沢栄一は1963年の千円札選定において、最終候補まで残っていた。しかし最終的に選ばれたのは伊藤博文で、渋沢栄一は落選した。

    七十七銀行の資料によると、その際に実際に制作された試作図案が現存している。仙台市の七十七銀行金融資料館に「幻の渋沢千円札」として現在も展示されており、1963年当時のデザインを実際に確認できる。

    当時の渋沢栄一像は今回の1万円札肖像とは異なる仕上がりで、歴史好きには必見の資料だ。仙台まで足を運べない人も、七十七銀行のウェブサイトで一部情報を確認できる。

    千円でもなく、5千円でもなく、約60年の時を経て最高額紙幣の顔として選ばれた逆転劇は、渋沢栄一という人物のスケールを象徴するエピソードでもある。

    「1963年に選ばれていたら千円札の顔だったが、待ったことで1万円の顔になった」——落選から61年越しの逆転には、妙な必然性がある。

    新1万円札のデザインを徹底解説

    手元に新1万円札があれば、ぜひ見ながら読んでほしい。

    競合メディアが薄い「デザインに込められた意味」を、表面・裏面・偽造防止技術・旧紙幣との比較の順に丁寧に解説する。読み終えたときに、手元のお札の見え方が変わるはずだ。

    表面:肖像画は「想像で描いた」

    東京新聞の報道によると、1万円札の渋沢栄一の肖像は「写真をもとに彫刻師が想像して描いたもの」だ。写真がそのままお札に印刷されるわけではなく、国立印刷局の専門彫刻師が手で描き起こす工程を経ている。

    使われた写真は晩年のものが中心だが、肖像画の表情や細部には彫刻師の解釈が加わる。実際の渋沢栄一の写真と1万円札の肖像を見比べると、そのニュアンスの差が興味深い。

    実物写真はどこかひょうひょうとした印象があるが、1万円札の肖像には「風格」が強調されており、貫禄のある仕上がりだ。

    「彫刻師が描く肖像」であることを知ると、お札の見え方が変わる。1枚のお札の肖像に、見えない職人の手仕事が宿っていると思うと、手渡しする瞬間の感覚も少し変わるだろう。肖像を「似ている似ていない」で判断するより、「この一枚に携わった無数の職人の仕事がある」と受け取ることで、紙幣の持つ重みが変わる。

    また、お札の肖像は一般的に内側(右側)を向く慣例がある。1万円(渋沢栄一)と千円(北里柴三郎)はこの慣例に従っているが、5千円の津田梅子だけは左を向いている。これは肖像の位置や図柄全体のデザインバランスによる設計判断だ。3種類のお札を並べて確かめると、このわずかな違いがよりはっきりと分かる。

    裏面:東京駅と渋沢・埼玉の縁

    新1万円札の裏面は「東京駅丸の内駅舎」のデザインだ。重厚な赤レンガが印象的なこの建物は、渋沢栄一が初代会長を務めた「日本煉瓦製造会社」が製造したレンガを使って建設された。

    日本煉瓦製造会社の工場があったのは、埼玉県深谷市(旧・大里郡上敷免村)だ。つまり東京駅の赤レンガは「深谷産」ということになる。

    明治時代、深谷の工場で焼かれたレンガが東京駅丸の内駅舎の建設に使われた。その会社の初代会長が渋沢栄一だった。当時の深谷は良質な粘土が採れる土地であり、最新鋭の機械設備を導入した煉瓦製造の拠点として、日本の近代建築を支えた。

    東京駅だけでなく、明治期の多くの重要建築物がこの深谷産レンガを採用しており、埼玉が近代日本の建設を陰で支えたとも言える。煉瓦の製造工場は現在「旧煉瓦製造施設」として深谷市内に残っており、国の重要文化財にも指定されている。

    新1万円札の表面には渋沢栄一(深谷市出身)の肖像。裏面には東京駅(深谷産レンガで建設)のデザイン——「表も裏も埼玉でできた1万円札」と言っても言い過ぎではない。

    このポイントは、銀行系メディアでは決して書かれない埼玉目線の切り口だ。

    世界初の3Dホログラム——偽造防止の最前線

    表面左側のストライプ部分には、紙幣として世界で初めて採用された「3Dホログラム」がある。お札を傾けると肖像の向きや模様が立体的に変化して見える技術で、これを複製するには同レベルの印刷設備と技術が必要となり、事実上の偽造防止機能を果たしている。

    他にも手元のお札で確かめられるポイントがある。

    深凹版印刷インクが高く盛り上がっており、指で触ると凹凸をはっきり感じられる。表面右下の斜線11本は、視覚障害者が触るだけで券種を識別できるようにするためのものだ。目を閉じてどの券種か確認できる設計で、1万円・5千円・千円でそれぞれ本数が異なる。

    ユニバーサルデザイン:券面に印刷された洋数字(10000)が旧紙幣より大きく、はっきりとしたデザインになった。外国人観光客が増加する日本社会への配慮で、日本語が読めなくても数字で判断できるよう改善されている。インバウンド需要が急増する現代の日本社会を見越した設計と言えるだろう。

    マイクロ文字・すき入れ:ルーペで見なければ確認できない微細な文字が複数箇所に印刷されており、偽造困難度を高める。また紙の素材自体にも「すき入れ」という特殊加工が施されており、光にかざすと文様が浮かび上がる。

    こうした見えにくい仕掛けがいくつも重なることで、1枚のお札が精巧なセキュリティ装置として機能している

    旧紙幣(福沢諭吉)との違い

    比較項目旧1万円札新1万円札
    肖像福沢諭吉渋沢栄一
    裏面鳳凰(平等院)東京駅丸の内駅舎
    ホログラム2Dホログラム3Dホログラム(世界初)
    券面数字小さめ大きく(UDデザイン)
    識別マーク点字対応斜線11本(触覚識別)
    サイズ縦76mm×横160mm同じ

    サイズは変わらないため、財布・ATM・自動販売機などへの影響はほぼない。

    旧紙幣・新紙幣はどちらも有効で混在して使用できる。手元の福沢諭吉の1万円を急いで使い切る必要はない。両者を並べてみると、肖像・裏面・ホログラムとほぼすべてが変わっており、「デザインのフルモデルチェンジ」と呼んでもよい水準の刷新だ。


    渋沢栄一のお札化が埼玉にもたらしたもの

    「埼玉出身者が1万円札の顔になった」という事実は、深谷市と埼玉県全体に具体的な変化をもたらした。

    深谷市への観光誘客効果

    新紙幣の発行を機に、深谷市への観光客は目に見えて増えた。渋沢栄一記念館や旧渋沢邸「中の家(なかんち)」への来訪者が増加し、周辺の飲食店・土産物店にも恩恵が広がっている。

    渋沢栄一記念館は2021年の大河ドラマ放映時にも来場者が急増したが、新紙幣発行でさらに第2波が来た格好だ。「ドラマで知り、お札でまた思い出した」という層が実際に足を運ぶ流れが生まれている。

    深谷市はこの機会を逃さず、観光案内マップの整備やスタンプラリー企画を立ち上げ、来訪者が街全体を回遊できる仕組み作りを強化してきた。

    深谷産のコラボグッズも次々と登場した。深谷ネギを使ったカレー、渋沢サブレ、渋沢栄一ラベルのクラフトビールなど、地元産品との掛け合わせ商品が観光客の支持を集める。

    1万円の顔の故郷のもの」というストーリーが購買意欲を後押しし、渋沢栄一というラベルが深谷市の農産品や食品にプレミアムな文脈を与えている

    地域経済の観点から見ると、1万円の顔が変わることは、深谷市にとって何億円もの広告費に相当する効果をもたらしたとも言える。「何を食べても、どこに行っても、財布を開くたびにも渋沢栄一」という体験が、深谷への旅の印象を深いものにしている。

    埼玉=渋沢栄一という認知の広がり

    「1万円を使うたびに埼玉を思い出す」——そんな構図が全国規模で静かに根付いている。

    毎日何千万人もの手を渡る1万円札が、観光PR予算では到底作れない規模で「埼玉・深谷」の名前を想起させ続けているのだ。

    埼玉県は「渋沢って、埼玉」をキャッチコピーにした観光キャンペーンを展開し、県内各地で渋沢栄一にまつわるスポットや企画が生まれた。深谷市だけでなく、渋沢が事業に関わった埼玉各地の施設が注目を集め、「渋沢栄一をめぐる埼玉旅」という旅行コンテンツが自然発生的に形成されつつある。

    大河ドラマ「青天を衝け」(2021年・NHK)→新紙幣発行(2024年)という2段階の認知波及は、これほど計算通りに効果が出た地域PRも珍しい。

    SAITAMAZINEが追いかける「安心して挑戦できる都市・埼玉」というコンセプトを、渋沢栄一は一身で体現している。小さな農村から上京し、幕末の動乱を生き抜き、日本の経済システムをゼロから作り上げた人物の出発点が埼玉・深谷だったことは、「埼玉から挑戦する」という文化の象徴だ。

    まだ途中にいる挑戦者、これから始める人、誰かの居場所を作ろうとしている人——渋沢栄一はその最初の一人だったと、SAITAMAZINEは考える。

    深谷駅の「東京駅風デザイン」との接点

    JR深谷駅は、東京駅丸の内駅舎をモチーフにした赤レンガ風の外観を持つ。これは偶然ではなく、深谷産レンガが東京駅の建設に使われたという歴史的事実に基づいた設計判断だ。

    新1万円札の裏面が東京駅になった理由と合わせて整理すると、次の連鎖が見えてくる。

    ①渋沢栄一が初代会長を務めた日本煉瓦製造(工場:深谷市)が東京駅のレンガを製造した

    ②その縁から、深谷駅が東京駅丸の内駅舎をモチーフにデザインされた

    ③新1万円札の裏面デザインに東京駅が採用された

    深谷駅に降り立ち、東京駅に似た外観を眺めながら「ここで焼いたレンガが東京駅を作り、1万円の裏面になった」と気づく体験は、観光コンテキストとして唯一無二だ。

    この連鎖を知ってから訪れると、駅を降りた瞬間から景色の見え方が変わる。渋沢栄一を通して、深谷市と東京駅が紙幣のデザインにまでつながっている——これはSAITAMAZINEにしか書けない、埼玉の誇りだ。手元の1万円を裏返してから深谷駅を訪れる。それだけで、旅の深みがひとつ増す。

    観光ガイドには載っていないこの連鎖こそが、深谷を訪れる前に知っておいてほしい「最も重要な文脈」だ。

    渋沢栄一について詳しく知りたい方へ

    渋沢栄一の人物像・生涯・思想・ゆかりの地については別記事でくわしく紹介している。

    渋沢栄一とは何をした人か?生涯・功績・埼玉ゆかりの地を解説

    お札の切り口と人物の切り口、両方を知ることで、1万円を手にしたときに浮かぶ景色がぐっと豊かになるはずだ。

    まとめ

    渋沢栄一が1万円札の顔に選ばれた理由は、3つの軸でまとめられる。

    ひとつ目は「傑出した業績」だ。約500社の設立に関わり、銀行・証券・保険・製紙・鉄道など現在の日本経済の骨格を作り上げた。財務省の選定基準「国民に広く知られ業績が認められている」を最も体現した人物だった。

    ふたつ目は「史上初の経済人起用」だ。過去の1万円肖像はすべて政治家・思想家・教育者だった。キャッシュレス社会が到来する時代に「道徳経済合一説」を持つ経済人を選んだことには、財務省からの時代へのメッセージが込められている。「お金と道徳の関係」を問い続けた人物を最高額紙幣に刻んだ意義は、今後も問われ続けるだろう。

    3つ目は「60年越しの逆転劇」だ。1963年に千円札選定で落選した渋沢が、最高額紙幣の顔になった。幻の渋沢千円札の試作図案は今も七十七銀行の資料館に残る。

    そして最後に、埼玉メディアとして伝えたい核心がある。新1万円札の裏面・東京駅は、深谷産レンガで建てられた建物だ。

    表面の肖像(渋沢栄一)も、裏面の建物(東京駅)も、どちらも埼玉・深谷とつながっている。

    財布の中の1万円札は、単なる支払い手段ではない。深谷から始まった挑戦と、その積み重ねが作った日本経済の記録でもある。次にお金を手にするとき、ほんの少しだけ埼玉のことを思い出してほしい。そしてできれば、深谷へ行ってみてほしい。

    関連ページ:深谷市の住みやすさは?渋沢栄一の出身地・深谷ねぎの街の治安・家賃を徹底解説

    ライター
    たけと

    兵庫県神戸市出身。都会の喧騒を離れ、たどり着いた新天地・蒲生(越谷市)で第二の人生を謳歌する元商社マン。 長野出身の妻、そして年子(0歳・1歳)の育児に奮闘しながら、越谷の心地よさを日々実感しています。満洲の餃子をこよなく愛する、自称・越谷の関西代表。

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