埼玉はなぜ「ダサい」と言われるのか?都市構造から読み解く本当の理由

埼玉県は、しばしば「ダサい県」と言われることがある。
テレビのバラエティ番組でも、ネットのミームでも、「埼玉=地味」というイメージは半ば定着している。
しかし、本当に埼玉はダサいのだろうか。
実際には、埼玉県は人口約730万人※1を抱える日本有数の巨大都市圏であり、住みやすさのランキングでも常に上位に入る地域だ。
それにもかかわらず、なぜ埼玉は「ダサい」と言われてしまうのか。
この記事では、感情論ではなく 都市構造・歴史・東京との関係から、このイメージの正体を読み解いていく。
※1: 7,317,405人(2026年2月時点) 埼玉県庁総務部統計課の推計
埼玉が「ダサい」と言われるのはなぜか
埼玉県は、しばしば「ダサい県」と揶揄されることがある。テレビのバラエティ番組やSNSでも、「地味」「特徴がない」といったイメージで語られる場面を見たことがある人も多いだろう。しかし、このイメージは本当に埼玉の実態を表しているのだろうか。
実際には、埼玉県は首都圏の中でも人口規模が大きく、都市としての機能も充実した地域である。それにもかかわらず、なぜ「ダサい」という印象が広まってしまったのか。その背景には、メディアの影響や都市の成り立ちなど、いくつかの要因が存在している。
ここではまず、埼玉が「ダサい」と言われるようになったイメージの形成と、実際の都市規模とのギャップについて見ていきたい。
ネットやテレビで広がった「埼玉=地味」というイメージ
埼玉の「ダサい」というイメージは、主にテレビやインターネットを通じて広がった側面が大きい。バラエティ番組では、埼玉はしばしば「東京の隣にある地味な県」としてネタにされることがある。
またSNSでも、「埼玉には何もない」といった半ばジョークのような投稿が拡散され、こうしたイメージが繰り返し共有されてきた。
特に、東京に隣接する県であることが、このイメージを強めている。東京の華やかな都市イメージと比較されることで、埼玉はどうしても「地味」に見えてしまうのだ。さらに、神奈川の横浜や千葉の海沿いの都市のような分かりやすい観光ブランドが少ないことも、「特徴がない」という印象につながりやすい。
こうしたメディアやネット文化の影響によって、「埼玉=地味」というイメージは、実態以上に強く社会に浸透していったと言えるだろう。
実際の埼玉は人口730万人の巨大都市圏
| 地域 | 人口 |
|---|---|
| 埼玉県 | 約730万人 |
| 京都府 | 約250万人 |
| 宮城県 | 約230万人 |
| 香川県 | 約90万人 |
しかし、客観的なデータを見れば、埼玉は決して小さな地域ではない。埼玉県の人口は約730万人で、日本でも有数の人口規模を持つ地域である。これは多くの地方都市を大きく上回る規模であり、世界的に見ても中規模国家に匹敵する人口だ。
県内には、さいたま市をはじめ、川口市、川越市、越谷市、所沢市など、人口数十万人規模の都市が数多く存在する。鉄道網も発達しており、東京へのアクセスが良いだけでなく、県内でも大きな都市圏が形成されている。
つまり埼玉は、「何もない地方」ではなく、首都圏の重要な都市エリアの一つなのだ。多くの人が暮らし、働き、生活を営んでいる巨大な生活都市圏である。それにもかかわらず「ダサい」というイメージが先行してしまうのは、都市の実態とイメージの間にギャップがあるためだと言えるだろう。
理由① 東京のベッドタウンとして発展した

埼玉県が「地味」「ダサい」と言われる背景には、都市の成り立ちが大きく関係している。その重要な要因の一つが、東京のベッドタウンとして発展してきた歴史だ。
現在の埼玉は、首都圏でも有数の人口を抱える巨大都市圏である。しかし、その都市の多くは、もともと東京で働く人々が暮らす住宅地として拡大してきた。
つまり埼玉の都市は、「独立した大都市」というよりも、東京という巨大都市を支える生活エリアとして成長してきた側面が強い。
この都市構造は、住みやすさという点では大きなメリットがある一方で、都市ブランドやイメージの形成という面では不利に働くこともある。結果として、埼玉は人口規模の大きさに比べて、派手な都市イメージを持ちにくい地域になったと言えるだろう。
高度経済成長期に広がった住宅都市
埼玉の都市が大きく発展したのは、高度経済成長期である。1960年代から1970年代にかけて、日本では急速に経済が成長し、東京には多くの企業と人口が集中していった。
しかし、東京の中心部だけでは急増する人口を支えきれない。そこで住宅地は、鉄道沿線に沿って郊外へと広がっていくことになる。その受け皿となったのが、東京の北側に位置する埼玉だった。
JR京浜東北線、宇都宮線、高崎線、東武伊勢崎線、西武線など、多くの鉄道路線が東京と埼玉を結び、沿線には次々と住宅地が開発された。川口、草加、越谷、所沢、上尾といった都市は、こうした住宅開発によって急速に人口を増やしていく。
つまり現在の埼玉の都市の多くは、東京で働く人々の生活を支える住宅都市として形成されてきたのである。
「働く都市」ではなく「住む都市」だった
このような発展の仕方は、都市のイメージにも影響を与える。多くの大都市は、経済や文化の中心として発展することで独自のブランドを形成していく。
例えば、金融や企業の本社が集まる都市、港や観光地を持つ都市、歴史や文化が象徴となる都市などは、その都市を象徴するイメージが生まれやすい。
一方で埼玉の多くの都市は、「働く場所」ではなく「暮らす場所」として発展してきた。日中は東京に通勤し、夜に帰ってくるという生活スタイルが一般的だったため、都市の中心部に大きなビジネス街や観光地が生まれにくかったのだ。
その結果、埼玉は人口規模のわりに「都市としての派手さ」が見えにくくなり、「地味」というイメージが生まれやすくなったと考えられる。しかし見方を変えれば、それは多くの人が安心して暮らせる生活都市として発展してきた証でもある。
理由② 観光都市ではないという都市構造

埼玉が「地味」と言われる背景には、観光都市ではないという都市構造も関係している。多くの都市では、観光資源や象徴的な景観が都市のブランドを作る大きな要素となる。しかし埼玉の場合、都市の発展は観光よりも生活や住宅機能を中心に進んできた。
そのため、実際には多くの人が暮らす大きな都市圏でありながら、外から見たときに「この街といえばこれ」という分かりやすいイメージが生まれにくい側面がある。
結果として、都市の魅力が見えにくく、「特徴がない」「地味」という印象につながってしまうことがあるのだ。
京都や北海道のような観光ブランドがない
都市のイメージは、観光ブランドによって大きく形作られることが多い。
例えば、古い寺社や歴史的な街並みを持つ 京都 は、日本を代表する観光都市として国内外に知られている。また広大な自然景観や四季折々の観光資源を持つ 北海道 は、雪景色やラベンダー畑、スキーリゾートなど、日本有数の観光ブランドを持つ地域として知られている。
このように、観光資源が豊富な地域には、訪れた人の記憶に残る象徴的な風景や物語がある。そうした要素が、都市や地域の「おしゃれ」「魅力的」といったイメージにつながる。
一方で埼玉には、県全体を代表するような観光ブランドが比較的少ない。もちろん、川越 の蔵造りの街並みや 秩父 の自然など魅力的な地域はあるが、県全体のイメージとしては観光地よりも住宅地として認識されることが多い。そのため、都市ブランドの印象が弱く見えてしまうのだ。
埼玉は「生活都市」として発展してきた
しかし、これは必ずしもネガティブなことではない。埼玉の都市は、観光地としてではなく「生活のための都市」として発展してきたからだ。
県内の多くの街では、住宅地の整備、鉄道網、商業施設、学校、公園など、日常生活を支える都市機能が充実している。大型ショッピングモールや住宅地が広がり、子育て世代を含め多くの人が暮らしやすい環境が整えられてきた。
つまり埼玉は、観光客が訪れる都市というよりも、多くの人が日常生活を送る「巨大な生活都市圏」なのである。派手な観光イメージは少ないかもしれないが、その分、暮らしのための都市機能が発達しているとも言える。
こうした都市の性格の違いが、外から見たときのイメージに影響し、「地味」という印象につながる一因になっていると考えられる。
理由③ 東京の隣という地理的な宿命
埼玉のイメージを語るうえで、避けて通れないのが「東京との関係」である。
埼玉は首都・東京のすぐ北側に位置しており、経済や交通、人口の流れにおいても強い影響を受けてきた。この地理的な近さは、埼玉の発展を支えてきた大きな要因である一方で、都市ブランドの形成という点では独特の難しさも生み出している。
都市のイメージは、その街がどのような役割を持っているのかによって作られる。しかし東京のように圧倒的な規模とブランド力を持つ都市の隣では、周辺地域が独自の存在感を発揮することは簡単ではない。埼玉が「地味」と言われることがあるのも、この都市構造の影響を受けていると言えるだろう。
強すぎる東京の都市ブランド
東京は、日本の政治・経済・文化の中心であり、世界的にも知られる巨大都市である。企業の本社や行政機関、文化施設、商業施設などが集中し、日本のあらゆる活動の中心地となっている。
このような圧倒的な都市ブランドを持つ東京の存在は、周辺地域のイメージにも大きな影響を与える。人々の意識の中では、関東の都市はしばしば「東京」とそれ以外という形で認識されがちだ。
その結果、東京の近くにある埼玉の都市は、単体で語られるよりも「東京の近く」「東京の郊外」として見られることが多くなる。都市としての規模や人口は大きくても、東京という強力なブランドの前では、その存在感が目立ちにくくなってしまうのである。
東京の影に隠れてしまう埼玉の存在
埼玉の多くの都市は、鉄道によって東京と強く結びついている。朝になると多くの人が東京へ通勤し、夜には埼玉へ帰ってくる。この生活の流れは首都圏の都市構造を支える重要な仕組みだ。
しかしその一方で、日中の活動の中心が東京に集中することで、埼玉の都市は「生活の拠点」として認識されることが多くなる。つまり、働く場所や遊ぶ場所としてのイメージが東京に集まり、埼玉は暮らす場所としての役割が強調されるのだ。
この構造は、都市の魅力そのものを否定するものではない。むしろ多くの人が安心して暮らせる都市環境を支えているとも言える。ただ、外から見たときには「東京の影にある地域」として認識されやすく、それが結果として「地味」というイメージにつながってしまうことがあるのである。
実は埼玉は「ダサい都市」ではない
ここまで見てきたように、埼玉が「地味」「ダサい」と言われる背景には、都市の歴史や東京との関係といった構造的な理由がある。しかし、こうしたイメージだけで埼玉を評価するのは、実態を正しく捉えているとは言えない。
むしろ客観的に見ると、埼玉は首都圏の中でも非常に安定した都市環境を持つ地域である。人口規模、交通の利便性、生活環境など、多くの面で都市としての基盤が整っており、実際に多くの人が暮らしの場として選んでいる。
派手な観光都市やブランド都市とは違うかもしれない。しかし、埼玉には「暮らす都市」としての強さがある。その特徴を見ていくと、「ダサい」という単純な言葉では説明できない都市の姿が見えてくる。
日本最大級の住宅都市圏
埼玉県の人口は約730万人で、日本の都道府県の中でも上位に入る規模を持っている。この人口は、多くの地方都市圏を大きく上回るものであり、埼玉が巨大な生活圏を形成していることを示している。
県内には、さいたま市を中心に川口市、川越市、所沢市、越谷市など、人口数十万人規模の都市がいくつも存在する。これらの都市が連続することで、埼玉は一つの巨大な住宅都市圏として機能している。
また鉄道網も非常に発達しており、JRや私鉄によって東京や神奈川、千葉などの都市と強く結ばれている。多くの人が東京へ通勤しながら、埼玉で生活するという都市構造が形成されているのだ。
つまり埼玉は「地方の一県」というよりも、首都圏の中核を支える巨大な生活都市圏の一部であり、その役割は非常に大きいと言える。
災害が少なく生活コストも比較的低い
埼玉の特徴の一つに、比較的安定した地理条件がある。県内は関東平野に広がる内陸部に位置しており、海に面していない。そのため、津波などの海の災害リスクは基本的に存在しない。
また、首都圏の中では住宅価格や家賃が比較的抑えられている地域も多い。東京と比べると生活コストを下げやすく、それでいて都心へのアクセスも良いというバランスを持っている。
こうした条件は、子育て世帯や働く世代にとって大きな魅力となる。実際に、埼玉は人口の流入が続いている地域でもあり、多くの人が生活の拠点として選んでいる。
派手な都市ブランドや観光イメージは少ないかもしれない。しかし、安心して暮らせる都市環境という観点で見ると、埼玉は首都圏の中でも非常に強いポジションを持つ地域なのである。
「ダサい」という言葉の裏にある都市の余白
埼玉が「ダサい」と言われる理由を見ていくと、その多くは派手な都市イメージや観光ブランドが少ないことに由来している。しかし視点を変えてみると、その特徴は必ずしもネガティブなものではない。むしろそこには、都市としての「余白」が存在しているとも言える。
大都市では、土地の価値が高まり、空間は常に開発され続ける。商業施設やオフィスビルが立ち並び、人や情報が密集することで都市の活気は生まれる。しかしその一方で、都市の中の余裕やゆとりは失われやすくなる。
埼玉は東京ほど極端に都市化されているわけではない。そのため住宅地の間に公園や河川、畑などの空間が残り、都市の中に余白が存在している。この余白こそが、埼玉の都市環境を特徴づける要素の一つと言えるだろう。
東京にはない埼玉の余白
東京の中心部では、土地は非常に高価であり、ほとんどの空間が効率的に利用されている。高層ビルや密集した住宅、複雑な交通網が広がり、都市の密度は非常に高い。
一方で埼玉の街には、もう少しゆるやかな都市空間が広がっている。住宅地の近くに公園があり、川沿いには散歩道があり、少し郊外へ行けば畑や自然が残っている。こうした空間は、都市生活の中に「余白」を生み出している。
この余白は、観光都市のような派手な魅力とは違う。しかし日常生活の中では、ゆとりのある環境として機能している。都市が完全に埋め尽くされていないからこそ、人々が落ち着いて暮らせる空間が保たれているのである。
安心して暮らせる都市の条件
都市の魅力は、必ずしも華やかさだけで決まるわけではない。実際に生活する場所として考えたときには、利便性だけでなく、安心して暮らせる環境も重要になる。
埼玉は首都圏に位置しながらも、住宅地が広く整備され、学校や商業施設、交通網など生活に必要な機能がバランスよく配置されている。また、公園や河川といった自然の空間も比較的多く残されている。
こうした都市環境は、子育て世代や長く住む人々にとって大きな安心感につながる。派手な観光都市ではないかもしれないが、日常生活を送る場所としては非常に安定した都市と言えるだろう。
つまり「ダサい」と言われることの裏側には、都市としての余白や落ち着きがあるとも考えられる。その余白こそが、埼玉の都市としての魅力の一つなのかもしれない。
埼玉は「ダサい都市」ではなく「暮らす都市」
埼玉が「ダサい」と言われる理由の多くは、都市の実態ではなくイメージや東京との比較によるものだ。
観光都市ではなく住宅都市として発展してきたため、派手な都市ブランドが目立たないだけである。
しかし実際には、東京へのアクセスや生活環境が整った「暮らすための都市」として多くの人に選ばれており、700万人以上が生活している。
公園や河川などのゆとりある都市環境も含め、埼玉は華やかさよりも日常の暮らしを支える都市と言える。
—— 宮田
文・編集:宮田(SAITAMAZINE編集部)

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1993年越谷生まれ。埼玉県越谷市を拠点に活動するWebマーケター。
普段は越谷市のデジタルマーケティングカンパニーCOUNTER株式会社を経営。「ローカルから最先端」というテーマを持ち活動中。データ分析と越谷への愛情は半端ないマーケティングオタク。